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長らく勤めた後の、新たなる人生、如何に生きるのか
by makkii-hiro
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新しき年に挑む、新緑の芽が吹く発想


年頭の所感、ほんとは何にも無いのですが、讒言一言、書き込みました。無職の自分、動ける体を持っているのに、勿体無いと思う自分。いや、こんな時、何かのチャンスだと思わないのか。天から与えられたチャンスと思わないのか。此処にこんなこと書いている自分を見よ。日々それなりに、1時間ウオーキング続けている自分。世の為人の為になること考える時間がたっぷり与えられている自分。活かしきろう。一人歩きしながら考えよう。今年も頑張ろう。

ここでスカッとする言葉を、盗み書きします。「創造の法」の「まえがき」より。
「これからの時代、過去の延長上に未来は築けないだろう。昨日の成功を今日は捨て去り、今日の成功を、明日は破壊し、さらなる創造の新境地を拓く。そうあればこそ、未来人たちにも夢が花咲くのだ。」

「かたや、日々に老化させ、朽ち果てさせようとしている見えない力が目の前にせまっている。」「これまでうまく事が進んでいたという意味での『常識』を頑なに守り続けていた人々は、滅び行く種族である。あたかもマヤやアステカの文明のように。」

「だから、川の流れに逆らって泳げ、世間の評価が定まったら終わりだと思え。いつも人と違ったことを考え、言い、実行せよ。チャンスは必ず、いつか巡ってくる。迷わずゲットせよ。それが新しき創造への道である。」創造の法 幸福の科学出版 大川隆法著 

組織の中での、負の発生の一こまを少し。正月三日目、知人の集まりで神社初詣しました。背広ネクタイの括弧しているそのまんま、支部へ、夫婦で行きました。新年大祭を初詣させていただきました。そのまま式がすんだ後、すぐ帰ればよかったのに、後でお雑煮でも出ますから、居ってください、支部に留め置かれました。外人の方が数人、居られ少しばたばたしていた。自分なりの、少しの用事を済ませ、すこし居たのだけれども、なんの事は無くそのまんま、座っている人の居ない、横の席にあった、黒豆数個のっているだけの小皿を置いてくれただけで、せっかく待っていた雑煮は出してくれませんでした。

口ではうまく言いほのめかして、実際は、その場その場の優先順位に振り回されて、人の情けを裏切っている自分達に気づかない。待てど暮らせどおもてなしは何も無し。支部中堅幹部の方の冷たさを感じました。奥のほうで五六人、みんな集まって、出て来ません。数時間あとのメールに、在日ネパールの方4人の入会者誕生とありました。表向きは、正しいことをしているのだけれど、その片方では、細かい人と人とのつながりを、配慮する心遣いがこの支部ではこのときは有りませんでした。細かい人と人とのつながりは、選挙に打って出ようとしている団体の、選挙に勝つ為の心構えではないでしょうか。

おわりついでに、今話題の、坂本竜馬の話を、知られていないところを、少し紹介します。坂本竜馬は本当は、宗教家を嫌いといいい、抹香臭く、思っていたらしいのです。   
「まあ宗教は嫌いだ。どっちかというと、まあ嫌いだね、無い方がいいんでないかな、そんなものは。・・・宗教家って言うのはね、みんな威張っとるわけだ。みんな俺が一番偉いと思っとる。けどな、必ずしもそうではないぞ、宗教家はな、勿論神だ、仏だと言うて、神や仏が偉いことはまあわしも知っとるが、神や仏が偉いからと言って宗教家が偉いわけじゃあない。同じように自分も偉くなっとると思うからいかんのだ。神、仏を話せば、自分も神仏と同列だと思うところが陥し穴――。世の宗教家を見てみい。まともな人間は半分も居るか、居はせん。・・・商人なんちゃほんと、まともな人間の集まりだ。・・まあ侍だって今は時代遅れだけどさ、まあ国を護るというか、大きな大儀がある時に働けるような人間というのは大したもんだ。宗教家というのは抹香臭うてわしは好かん。」坂本龍馬の霊言 p16 潮文社 善川三郎著(昭和61年7月発刊 今は絶版>
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by makkii-hiro | 2010-01-07 14:38
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