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長らく勤めた後の、新たなる人生、如何に生きるのか
by makkii-hiro
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シルバーの地域での活躍


 私達地域の公民館の活動を紹介する、公民館祭りがありました。50代60代の人が中心のように感じました。私達のところは、派手な、都会型でもなく、熱のこもった、田舎型でもないところですが、何か力をこめてやってやるぞ、というど根性があって、習字、日本画、陶芸・・など、皆さんの趣味を、生かしきっている作品が、多く見られました。素晴らしい作品が並べられていました。皆さんは、中途半端な意気込みではなく、夫々真剣に作品を作られているようでした。
 
 演芸大会も同時並行で行われました。コーラスの皆さん、詩吟、大正琴、太極拳、ダンスの皆さんたち、そして、太鼓の囃子、おどり、などなど、皆さんの力がみなぎるような、立派な演技で、狭い舞台でしたが、楽しい一時を過ごさせていただきました。 人と人とのつながりを大切にするひとコマでした。お孫さんが、じいちゃん頑張っての声が、印象に残りました。土曜日曜の、2日にわたりありました。
 
 私は詩吟を吟じました。そのときの、下書きを、紹介します。上記の話と途切れますが、すみません。空海の話です。空海が、悟りを開いた時の話です。よろしければお読みください。

 ちょっとしばらく、詩吟をする前に、簡単な、説明させてください。「後夜仏法僧鳥を聞く」 空海 についてです。空海は、天台宗の開祖 伝教大師、最澄より、七歳年下でした。空海は、弘法大師と呼ばれ、真言宗の、開祖であります。四国讃岐 香川県 の生まれです。十五歳で上京し、勉学に励み、秀才振りを発揮しました。二十歳のとき、出世コースを捨てて、放浪の旅をしました。

 空海は、お釈迦さまが菩提樹のもとで悟りを開かれたことを、自分も何とかして、そのようになりたい、と願っていました。自分もお釈迦さまのように、悟りを開きたいと、願っていたのです。四国の山野を彷徨(さまよ)いました。徳島の南部で、滝行に打ち込みました。それでもなかなか出来ませんでした。山伝いに土佐高知へと渡っていきました。日和佐へ出て、土佐室戸に向かいました。室戸岬の 「ほつみさき」にたどりつきました。そこで、手ごろな洞窟を見つけました。空海は、一生懸命、瞑想し、禅定しました。そして、修行をする事、二十日ほどすぎたある早朝、明けの明星 瞬(またた)きしころ、悟りを開いたのです。その時の状況を、漢詩で歌われたのが、この「後夜仏法僧鳥を聞く」です。

 後夜仏法僧鳥を聞く (ごやぶっぽうそうちょうをきく)   空海

 かんりんどくざす そうどうのあかつき さんぼうの こえは いっちょうにきく
 閑 林  独坐す  草 堂の  暁   三 宝 の  声は 一 鳥 に 聞く 
 
 いっちょうこえ あり ひと こころあり せいしんうんすい ともに りょうりょう     
 一 鳥  声  有り  人  心 有り   声心 雲水    倶に   了 了


後夜聞佛法僧僧鳥 空海

閑林獨坐草堂曉  三寶之聲聞一鳥

一鳥有聲人有心  聲心雲水倶了了


 ( 訳) 洞窟の外には、ひっそりとした 樹木が しげっている。静まり返った夜明けのなかで、一人 心をこめて坐っていると、一羽の鳥が、「ぶっぽうそう」「ぶっぽうそう」と鳴いている。その声は、極楽浄土からやってきた、天上界に通ずる声だった。そして鳥の声と、人の声とが、感応し、雲水に溶け合って、永久不変の真理を、得ることが出来たのです。願いがかなったのです。空海はその時、悟りを、開いたのです。二十歳の頃です。唐へ渡航(31歳)する前、儒教、仏教、道教の三教を学び、とくに仏教の真言密教をきわめる前の、貴重な、一日でした。

 
 
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by makkii-hiro | 2009-12-07 00:26
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