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長らく勤めた後の、新たなる人生、如何に生きるのか
by makkii-hiro
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シルバーの独り言


先日、書籍「伊能忠敬の歩いた播磨みち」出版記念の会に出席しました。その書籍によれば、忠孝の出生は、1745年(2月11日)(~没1818年74歳)で、私の出生にくらべて、ちょうど二百年前でした。そして、この播磨への踏査の二回目の年が、1809年で、64歳ですよね。二百年前の64歳、長老ですよね。今の年に、換算すれば、人生50歳が75歳とすれば、85歳くらいですね。かなりの御老体にもかかわらず、全国行脚され、四千万歩の男と呼ばれています。

伊能忠敬について簡単に紹介しますと、50歳で家督を譲り江戸へ出て、天文学を学び、全国地図を作らんと、56歳から71歳まで十回の踏査を行い、1821年、大日本沿海興地全図を、彼の没後3年で完成された、偉大な人物です。尊敬します。

昔、ちょこっと、測量士で、土木の、施工管理をしていた、私に比べ、全く足元に及びませんが、一通り自分の仕事を卒業されて、高齢にもかかわらず、一から測量を学び、全国地図まで作ってしまった人物ですよ、そんな人、めったに、いません。こんな話、本当に、さらっとしていて、気持ちがいいですね。シルバーの皆さん心打たれませんか。

伊能忠敬の歩いた道を、二百年後に歩いてみる、何となくロマンな気持ちです。地上にいきとし生けるものは、すべて、諸行無常、はかなく去って、常ならず、  栄枯盛衰の世を経て今に、至らしめています。たった二百年、でもこの二百年の隔たり大きいでしょう。播州平野の、美しい風景。伊能忠敬も、石の宝殿の近くの竜山から、一望を見られた風景、黄金の、稲穂の海を、見たと思うのですが、小学生の頃、昭和30年代の風景が、何となく思い出されました。

ふるさとひょうご創生塾、ご縁グループと同好会の皆様、有難うございました。ますますご活躍お祈りします。
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by makkii-hiro | 2009-12-02 23:50
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