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長らく勤めた後の、新たなる人生、如何に生きるのか
by makkii-hiro
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臓器移植について

 どうもどうも、なんとなく生臭い感じ。臓器移植なんて。・・・
 確かに移植する事によって、命、永らえる切望って、本当に、真剣な事はわかっています。
でも、移植される立場が、今回の、ゼロ歳から、本人の意思はもちろん、肉親の意思、ガ了承している事。
脳死は人の死と唱えている事。全く私は賛同できない。ゼロ歳児から幼少期の自己判断は、その親の意思でよいとのことは、全く、人権を省みない行為に他ならない。脳死とは、、脳の蘇生が認められないとの医師の判断で、なおかつ、心臓が生きている状態で、人の死と断定する事。医師が脳死と認めた、妊婦が赤ちゃんを出産した事実。なによりも、体が、温かい事実。これを人の死とする事は間違っている。絶対に。
今心臓移植手術は、数億円単位で、値上がりしているそうだ。間違いなく数年の後には世界的規模で、臓器移植法の、廃案になる事を切望する、と強く思う一人だ。
 臓器について、「確かに自分は今から旅立って行くけれども、生きている人たちに、どうぞ自分の臓器を。どうぞ私の使えるところを使って下さい」と言って、感謝の心で差し出して、頂く方も「本当にありがとうございます。そのような尊いお心を、大切に使わせて頂いて、いい人生を送らせて頂きます」というのなら、私は認めます。移植について、このような思いを持っておられるひとは、はたして、居られるのだろうか。少し疑問です。
 移植する事によって、命、永らえる切望。待ち望む人達が、沢山居られる事。わかりますが、今の医学のレベルは、脳死イコール人の死、のレベルで、残念ながら、患者の命はそこまでと、あきらめるしかない。かなり精巧な、人工心臓の開発で、移植が可能になるまで待つしかないでしょう。人の死の、真なる事実を知るものは、何も、他の生きている心臓を、もらってまで生きたいと、思うだろうか。
 そこには、おどろおどろしい、生きたい、生きていてもらいたい、生かしてあげたい、という、強い執着にとらわれた、生臭い、人間の欲望にすぎない、と私は思う。
 
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by makkii-hiro | 2009-06-20 00:17
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